| 風雪止まず 鹿島槍ヶ岳天狗尾根 |
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| 突然、先頭を行くNが音もなく視界から消えた。後を追うように弧を描いてものすごい勢いでロープが彼の落ちた雪穴に吸い込まれていく。後に続くIが素早くループを手放しビレイ体勢に入る。残るAと私がビレイヤーの左右に飛びついて押さえつける。すべては瞬時の出来事だ。ひと時おいて、ぴんと張ったロープから微動が伝わり、落ちたNが登り返そうと奮闘しているのが感じとれた。 そこはダケカンバがまばらに立つ一見何の変哲もない丸い雪稜だ。しかし左右はすっぱり切れ落ちて冬は両雪庇が発達することでよく知られ、私たちの入山前にも事故が起きていた。降りしきる雪は音を飲み込み、聴こえるのは三人の息遣いだけ。パウダー状の雪は踏み応えがなく、Nは登り返すどころではなかっただろう。三人がかりでアリ地獄のような雪の中からNを文字通り引っ張り出した。もし二人パーティだったら、この窮地に果たして対処できただろうか。 雪に閉じ込められて4日目、目的の北壁は問題外だが、せめて山頂くらいは往復しておこうと天狗ノ鼻のテントを出発した直後のことだった。その日も終日、風雪が続くことは分かっていた。この一件を山からの警告と受け止め、行動を自重してもいい成り行きだったが、現実はまったく逆だった。鬱積していたものが解き放たれ、チャレンジ精神に火が点いた。 ひと息つく間もなく、いかにも当然というように私たちは山頂へ向かった。しかし、舞い散る雪と不安定な積雪状態、やがて多くは望めないことが分かってくる。どこで引き返そうか迷っているうちに荒沢ノ頭を越え、いつかホワイトアウトのただ中にいた。もう山頂は目前のはずだが、さすがに下山が気にかかった。登ってきたトレイルは雪と風にかき消され、帰りは足探り手探り、あたかもヒドン・クレバス地帯を行くようだ。登りで踏んだ固い箇所を外すと、足元から雪面が割れて巨大な雪塊が音もなく谷に崩落していく。不安定な雪に足をすくわれ体勢を崩しては立て直す。危ない場面に何度も遭遇し、神経をすり減らしてなんとか無事テントに帰りついた。 私たちが山にいた数日のうちに、鹿島槍の東面で13人もの命が失われていたことを知ったのは、下山後のことだった。 ![]() |